家事ノート

母子家庭の子どもにお菓子 自身の体験もとに…奈良の僧による支援活動が5年で大きな輪へ

投稿日:2019-08-18 更新日:

奈良県のある僧侶が始めた、母子家庭を支援する活動が開始から5年たった今、大きな広がりを見せています。

松島靖朗さん

 

「母子家庭の子どもたちに、おやつを届けよう。お寺へのお供えのおすそ分けとして」。奈良県のある僧侶が始めた活動が、開始から5年がたった2019年1月、大きな広がりを見せています。全国47都道府県の1000を超えるお寺から、約400の協力団体を通じて約9000人の子どもたちにお菓子やお米、野菜などが届き、母親や子どもたちからは感謝の声が上がっています。

2014年1月、本格的にこの活動を始めた僧侶の名は松島靖朗(せいろう)さん(43)。自身もまた、母子家庭で育った一人でした。

「跡継ぎに」期待を嫌い、東京へ

奈良県北西部、田原本町にある浄土宗の寺院「安養寺」。松島さんが住職を務めるお寺で、母親の実家でもあります。松島さんが幼い頃の住職は母方の祖父。お寺の次女だった母親は結婚して大阪で暮らし、婦人服を販売する小さなお店を夫と経営していました。松島さんは幼稚園まで、大阪で過ごしました。

「お店を切り盛りしていたのは母親でした。父親はギャンブルに明け暮れる毎日。それも筋金入りで、当たり馬券の買い方を人に教える『学校』を運営していました」

祖父の意向もあり、小学校入学時、奈良に戻ります。その後、両親は離婚。松島さんは、母子家庭で育つことになりました。

「奈良に引っ越して、訳の分からないまま、法要のたびに住職、つまり、おじいちゃんと一緒にお勤めをしていました。最初は楽しかったのですが、徐々に周囲の声が気になってきました。『将来はお坊さんになって、みんなに恩返しせなあかん』『お寺を継ぐんだから、しっかりせなあかん』。お寺って窮屈な場所だな、と思うようになっていきました」

浄土宗系の私立高校に進学しますが、わずか2週間で退学します。

「15歳の私は、お寺からどうやって逃げるか、お坊さんにならないためには何をすればいいか、そればかり考えていました。『お寺なんて全部つぶれてしまえ』と思ったこともあります。普通の学校に行って、普通の会社に就職して、結婚して子育てして家を建てる。そんな『普通の人生』に憧れていました」

奈良の公立高校に入り直し、東京の大学へ進学。上京した1996年は、インターネットが新しい技術として多くの人を魅了し始めた時期でした。松島さんもその一人です。大学にはほとんど行かず、ネット関連の企業でアルバイト。その流れで、ネット関連の会社で9年間働きます。東京という刺激的な場所で「この人みたいになりたい」と思う人にも数多く出会いました。そこで、あることに気付きました。

「魅力的な人は、どこか違う生き方をしてきた人ばかり。普通とは違う。自分は『普通の人生』を生きたい、と東京に出てきたけど、自分が憧れているものと、自分のこれまでの気持ちにギャップがあることに気付いたんです。『普通の人生』はつまらない。何か『ユニークな生き方』はないか。そう思ったときに、お坊さんになる道を『ユニークな道』として、ようやく受け入れられるようになったんです。33歳でした。気付くのに、33年かかりました」

会社を辞めて、奈良へ。安養寺の住職となり、結婚して子どもにも恵まれた2013年、衝撃的なニュースが飛び込んできました。

「おなかいっぱい食べさせてあげたかった」がきっかけに

2013年5月、大阪市内のマンションで、母親と3歳の息子が餓死状態で発見されたというニュースが全国に流れました。母子家庭の2人が生活していた部屋に食べ物はなく、電気もガスも止められ、息子の遺体には毛布。部屋には、母親がわが子に宛てたとみられる1枚のメモが残っていました。

「『最後に、おなかいっぱい食べさせてあげたかった。ごめんね』という手書きのメモでした。この飽食の時代に、どうして餓死事件が起きてしまったのか。私もちょうど、父親になってすぐの頃。大阪で生活していたこともある。そして、母子家庭で育った当事者でもある。人ごととは思えませんでした」

この事件をきっかけに「おてらおやつクラブ」という活動を始めることになります。

檀家や地域住民が、お寺にお供えとして持参する果物や野菜、菓子は、ご本尊に供えた後、寺で修業する僧侶やその家族が、仏様の「おさがり」として、おやつや食事にします。来客への茶菓子などにも使いますが、夏場を中心に、賞味期限が切れてしまうことがある、という課題がありました。その一方で、一日一食の食事に困る子どもたちが増えているという現実もありました。

「お寺にはあるけれども、社会にはない。それぞれが課題だと感じていることをつなげよう、と思いました。『おてらおやつクラブ』は、お供えをおさがりとして、おすそ分けする、お寺の社会福祉活動です」

自身が当事者であり、毎日働いても生活が苦しい人が多い母子家庭を中心に支援することにしました。2014年1月、全国のお寺や、母子家庭を支援する団体に声をかけ、活動を本格的に始めました。

協力する寺院は、お供えを本尊に供え、お勤めした後、箱詰めをします。「おやつ」という名前からイメージする菓子だけではなく、米や野菜、文房具やタオルを詰めることもあります。それを、各地の社会福祉協議会や子ども食堂といった支援団体に送り、各団体が母子家庭に届ける、という仕組みです。それぞれのお寺と、その近くの支援団体とをつなげる役割は、安養寺内に設けた事務局が担います。

自身も3人の子どもを持つ松島さん。全国の子どもたちが「おやつ」を待っている思いについて、幼いわが子が念仏を唱える様子に触れ、こう語ります。

「朝昼晩、息子と一緒にお経、お作法をして『頂きます』をします。幼い息子のお経、念仏にはまだ、信仰の気持ちなんてありません。『早くご飯が食べたい、お菓子が食べたい』という一心です。そんな息子の姿を見ながら思います。子どもたちにとって、食事の時間、おやつの時間が、どれだけ待ち遠しい時間なのか、と」

「つながり」を支える存在に

おてらおやつクラブの協力寺院が箱詰めするのは、モノだけではありません。同封する手紙には、お寺からの「ひと言」を書く欄があります。「最近だんだんと暑くなってきましたが、元気に過ごされていますか」「この『おすそわけ』が皆さんのからだの、そして『心の栄養』になるとうれしいです」。そんなメッセージが、子どもたちと母親に届くのです。そこには、自分もかつて当事者だった松島さんの思いがあります。

「ただ食べ物が届くだけではない。いろんな人の思いがこもっている。子どもたちとお母さんのことを思う気持ちを伝えてもらっています。母子家庭の悩みは、単純に『お金がない』ことだけではありません。人とのつながりを持ちにくい。悩みを相談できない、ということがあります。社会には強い『自己責任論』があります。一人親家庭の増加の背景には、離婚件数の増加、未婚のまま子育てをする女性の増加があり、『自分勝手なことをして、勝手に苦しんでいる。自己責任だろう』と言われてしまうお母さんが多いんです」

だからこそ、おてらおやつクラブからの手紙には、荷物受け取りの連絡ができるよう連絡先を記しています。それは、到着確認だけでなく、困りごとや相談ごとを書くきっかけ作りのためでもあります。

各地の母親からは、いろいろな声が返ってきます。「離婚してからクリスマスのケーキやプレゼントがなく、少し大きくなってきた子どもたちは、私に気を使っておねだりすることもなくなり、すごくかわいそうな思いをさせています」「自分たちより大変な人はいっぱいいるし、私たちは自己責任だしと思って、自分の家の状況を言えませんでした」。おてらおやつクラブが、これまで言えなかった悩みを打ち明ける場になっているのです。

もちろん、感謝の声も多く届きます。「たくさんのお菓子に喜んでいる息子を見てうれしく思っています。たくさんの幸せも一緒に届けていただいた感じです」「支援を頂くと、自分は一人ではないんだな、と実感できます」「いつも優しいお気遣いのひと言を添えていただき、ありがとうございます」

2018年10月、おてらおやつクラブは「従来、寺院が地域社会で行ってきた営みを、現代的な仕組みとしてデザインし直した優れた取り組み」として、「グッドデザイン大賞」を受賞しました。優れたデザインを評価するこの賞を、形のない「取り組み」が受賞することは珍しく、注目を集めましたが、松島さんが受賞を喜んだポイントは違いました。

「賞を頂いたことは、大きなきっかけになると思います。どうしてこんな活動が必要なのか、その背景に貧困問題があるということを、多くの人たちに知ってもらうきっかけになればと考えています」

「どんな人も見捨てない」心で

「普通の生き方」をやめ、「ユニークな生き方」を求めて僧侶になった松島さん。今、思うことは「お寺の可能性を提示すること」だと語ります。

「全国に7万を超えるお寺があるといわれます。そのお寺が母子家庭の孤立解消の拠点になればと考えています。物理的にも精神的にもつながり、そして、見守りを提供する場所になれないか。お寺の可能性を提示したいんです。何かしたいと思っている人、社会問題に関心のある人が『そうか、あのお寺なら何かできるかも』と一番に思い浮かべてくれる、そんなお寺をたくさん作りたい。そう考えています」

若い頃、「お寺なんてつぶれてしまえ」と奈良を離れた松島さんが、回り道をして、たどり着いたのもお寺でした。おてらおやつクラブと仏教の関係について語るとき、松島さんは「仏様はどんな人も見捨てません」と話しますが、一度はお寺を嫌った松島さんをも、仏様は見捨てなかった、ということかもしれません。

2019年、おてらおやつクラブの活動は6年目に入ります。活動開始の頃から支援している、ある母子家庭の男の子から最近届いた手紙が、特に松島さんの印象に残っているそうです。

「『お坊さんへ。和菓子はもういいので、ポテトチップスをください』。自分がしたいこと、欲しいものを打ち明けられなかった男の子が、やっと子どもらしい姿を見せてくれた。それが本当にうれしかったんです。貧困問題の解決は難しいという現実がありますが、こうして一人の男の子が子どもらしく成長している。そんな姿を見られることが僕たち自身の励みにもなり、この活動を続ける大きな理由となっています」

松島さんの顔に、とても優しい笑みが浮かんでいました。

(オトナンサー編集部)

【画像】「おてらおやつクラブ」の仕組み

「おてらおやつクラブ」の仕組み

お寺へのお供えをまず、ご本尊へ

その後、箱詰めして支援団体へ送る(いずれも「おてらおやつクラブ」ホームページより)

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