年収480万円の夫と離婚した、34歳専業主婦の女性。年収はパートタイマーの60万円、母子家庭の生活費は141万円、娘は大学まですべて国公立に進学する、という条件では、養育費は「定額」と「変額」のどちらがよいのかを考えます。今回はその後編です。
「変額がいい」と言い出した夫
一方の夫はどうだったのでしょうか。キャッシュフロー表を提示したところ、「変額がいい」と言い出したそうです。おそらく変額の場合、離婚当初は養育費の金額が低いことに注目したのでしょう。離婚1年目の数字だけを見て「こっちの方が得だ!」と目がくらんだはず。もちろん、夫は後々になって「こんなはずではなかった」と後悔するかもしれませんが、順子さんは夫に全期間の養育費の金額を提示したので、最後まできちんと見ようとしない夫が悪いのであり、決してだまし討ちを仕掛けたわけではありません。
「このようなタイプを説得するには、定額より変額の方がいいのは確かですが…」。私は言葉を濁しましたが、変額払いは段階的に増額するのだから、きちんと増額してくれるかどうか。それが「後顧の憂い」になる危険はあります。私は、順子さんの心配が杞憂(きゆう)に終わるよう2つの事情を説明しました。
1つ目の事情ですが、キャッシュフロー上、夫の収入は最初から最後まで同じですが、夫は年齢を重ねれば重ねるほど収入が増える、と信じ切っていることです。
平成30年の養育費は51万円で、夫の年収は480万円ですから、収入に占める養育費の割合は10%です。一方、平成42年には、子どもが高校に入学するので養育費は87万円になり、収入に占める養育費の割合は18%に達します。しかし、夫の年収が12年間で700万円まで増えれば、どうでしょうか。平成42年も収入に占める割合は12%です。
「実は離婚1年目も12年目もあまり変わらないのです」
私はそんな計算をしたのですが、実際のところ、今のご時勢で「年功序列」は時代遅れ。定期昇給や定期昇進が確実だとは言い切れないので、歯切れが悪かったです。しかし、順子さんは「旦那は給料が上がると思っているはずです」と言い、上記の計算を元に夫を説得したのです。
娘が大学に進学するか分からない
2つ目の事情ですが、キャッシュフロー上、大学に進学する前提で支払期間を「22歳まで」に設定し、大学の入学金や授業料などを勘案していますが、本当に娘さんが大学に進学するかどうか分からないことです。多くの場合、子どもが受験生でもない限り、離婚の時点で子どもの進路を特定することは難しいです。
それでも、途中で「元夫婦」が話し合って養育費の増額したり、延長したりしたくないのなら、「仮の進路」を決めて、それを元に養育費を決めるしかありません。順子さんの場合、小学校、中学校、高校、大学はすべて公立に設定しました。私立が含まれていた場合、ケチな夫が難色を示すのは目に見えていたからです。
前述の通り、大学進学を前提として養育費の金額を計算すると、1年目の養育費は定額の場合、年86万4000円(月7万2000円×12カ月)ですが、変額の場合は51万0000円なので、その差額である35万4000円が大学などの学費です。
当初のもくろみ通り、娘さんが大学に進学すればよいのですが、例えば、本人の希望で大学を受験せず、高校を卒業して就職したらどうなるでしょうか。もちろん、娘さんが学校を卒業し、正社員として就職し、一人暮らしを始めたのに、養育費を支払う必要はありません。具体的には18歳から22歳までの養育費(計704万円)の支払いは免除されます。
「将来の養育費は仕方ありませんが、過去の養育費は違います」
私は順子さんに違いを説明したのですが前述の通り、離婚1年目の差額(定額-変額)は35万4000円で、これは大学資金です。
「娘が大学に行かなかった時、養育費を返せって言われるのは嫌です!」
順子さんは嘆きますが、定額払いの場合、娘さんが大学に進学しなかった時に、上記の差額を返すよう元夫が求めてくる可能性はあるでしょう。一方、変額払いはどうでしょうか。変額払いの養育費は必要な分を必要な時に支払うという形式です。そのため、毎月(毎年)の収支に余裕はなく、養育費は余らず、すべて使い切ります。
養育費を変額にしておけば、夫が大学の学費支払いを開始するのは娘さんの大学進学と「同時」です。前倒しして支払う必要がないので進路変更による過払い分は発生しません。そもそも、手元に養育費は残らないのだから返そうにも返せません。結果として、夫は目先のお金(出費の減少)欲しさに、順子さんは将来のトラブル怖さに、養育費の支払い方法に「変額」を選んだのです。
大切なのは、何を優先するか
このように大学費用は定額の場合は先払い、変額の場合は後払いです。法律上、養育費は事情変更による見直しが可能です(民法880条)。具体的には、再婚や養子縁組、転職や失業、病気やけが、親の介護などですが、子どもの年齢が低ければ低いほど、養育費の支払期間は長く、事情変更の発生率は高まります。
定額にせよ変額にせよ、事情変更の影響(減額、停止)を受けることに変わりはありませんが、前払いより後払いの方が影響が大きいのです。変額のデメリットは、事情変更の影響を受けやすいことです。
理想を言えば、先々のあらゆる事情をキャッシュフロー表に反映させることができれば、デメリットを最小限にとどめ、変額を選びやすくなるでしょう。しかし、上記の事情はあくまで一例で他にも無数にあります。離婚時点では予見できる事情(例えば、離婚時に受験生で志望校を絞り込んでいる)ならともかく、予見できない事情まですべて網羅するのは無理があります。もちろん、養育費の減額や停止に相当する事情変更が起こらなければ、その限りではありません。
このように、変額には変額の、定額には定額のメリットとデメリットがあり、どちらが正しいと一概には言うことは難しいのですが、大切なのは何を優先するかです。
例えば、新居の家財購入など何かと入り用だから、離婚1年目の養育費を増やしたいというのなら定額、夫は仕事が続かないタイプで、養育費はどうせ途中で止まるだろうと高をくくっているのなら定額、有利な条件より早期の離婚を優先すべく、早く話をまとめて離婚したいのなら変額、夫の職業が公務員で定期昇給が見込めるのなら変額というように、自分の状況に応じて使い分けてください。
(露木行政書士事務所代表 露木幸彦)
露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
露木行政書士事務所代表
1980年12月24日生まれ。いわゆる松坂世代。国学院大学法学部卒。行政書士・ファイナンシャルプランナー(FP)。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化し行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界最大規模に成長させる。他で断られた「相談難民」を積極的に引き受けている。自己破産した相手から慰謝料を回収する、行方不明になった相手に手切れ金を支払わせるなど、数々の難題に取り組み、「不可能を可能」にしてきた。朝日新聞、日本経済新聞、ダイヤモンドオンライン、プレジデントオンラインで連載を担当。星海社の新人賞(特別賞)を受賞するなど執筆力も高く評価されている。また「情報格差の解消」に熱心で、積極的にメディアに登場。心理学、交渉術、法律に関する著書を数多く出版し「男のための最強離婚術」(7刷)「男の離婚」(4刷、いずれもメタモル出版)「婚活貧乏」(中央公論新社、1万2000部)「みんなの不倫」(宝島社、1万部)など根強い人気がある。仕事では全国を飛び回るなど多忙を極めるが、私生活では30年以上にわたり「田舎暮らし」(神奈川県大磯町)を自ら実践し「ロハス」「地産地消」「食育」の普及に努めている。公式ブログ(https://ameblo.jp/yukihiko55/)。