孤児だったシャネルが世界的成功をおさめたワケ

投稿日:2021-05-30 更新日:

「イノベーター」で読む アパレル全史』(中野香織:著)は、時代の変化を表現するモードを創造し、それによって社会に変革をもたらしてきたイノベーターたちに焦点をあて、アパレルの歴史をたどった1冊です。ここでは、女性の自由を体現したモードを創ったシャネルとスキャパレリの2人を紹介します。

ガブリエル・〈ココ〉・シャネル
Gabrielle Coco Chanel(1883〜1971)

女性の自由と自立を体現したイノベーター
没後半世紀経っても、ガブリエル・〈ココ〉・シャネルの人気は衰えない。その人生を描く映画や舞台が、いまなおエンターテイメントとして享受され、すでに世界中で出版されているおびただしい数の伝記本・名言本は、なおその数を増やし続けている。

ファッションの力によって、修道院で暮らす孤児からホテル・リッツに住まう富豪へと駆け上がった〈マドモワゼル〉・シャネルの生涯の、どこをどう切り取っても興味深く、インスピレーションに満ちているからにほかならない。シャネルが20世紀に生み出したファッションは、一人の女性としてのシャネル、ひいては、シャネルが送った人生そのものと切り離して考えることは不可能である。

白と黒のモノトーンの組み合わせを生んだ、孤児として過ごした修道院時代の記憶。「貧しい素材」と呼ばれたジャージー素材をハイファッションへと格上げした大胆さに潜む、上流階級に対するリベンジ意識。メンズライクな服を生んだ、最初の愛人エティエンヌ・バルサンや最愛の恋人アーサー・〈ボーイ〉・カペルとの複雑ないきさつ。ロシアン刺繍のヒントになった、ロシアの亡命貴族ディミトリー大公との愛。香水「No.5」に濃厚な影響を与えた、作曲家ストラヴィンスキーとの情愛。本物と偽物をミックスするコスチュームジュエリーの着想を与えた、6年越しの恋人ウエストミンスター公爵から贈られた豪華な宝石類。

アーサー・〈ボーイ〉・カペル(本書24ページ)


ほかにもさまざまな作品に、ピカソ、ルヴェルディ、ビスコンティ、ジャン・コクトーなど、時代の寵児であった芸術家や著名人との恋愛あるいは交流の影響が及んでいる。

作品が生まれたそんな背景を知れば知るほど、彼女の波乱に満ちた人生そのもののほうへと関心が惹きつけられる。

孤児からスタートした波乱の生涯

シャネルは孤児として修道院で育ち、お針子からキャリアをスタートさせる。芸能で道を立てようとしたこともあるが、愛人の援助により起業し、帽子ビジネスを始めて成功する。ヨーロッパ一の富豪をはじめ当時の著名人たちと恋愛遍歴を重ね、セレブリティ(著名人)との友情をはぐくみながら7カ国にまたがるネットワークを築き上げた。

女性の現実に即した革命的デザインによって世界的なデザイナーとして成功し、戦後の15年ほどの亡命の期間を経て(大戦中には敵国のドイツ将校と愛人関係にあったので、戦後は身を隠す必要があった)、70歳で奇跡のカムバックを果たし、結婚はせず、生涯を終える直前まで仕事を続けた。

女性の「身体」を解放したデザイン

シャネルのファッションは、そんな驚異の人生の一瞬一瞬から、あたかもそれが必然の果実でもあるかのように生まれたものばかりである。19世紀的な価値を皆殺しにする機能的なファッションばかりだが、そこには当時の上流階級に対するリベンジ意識も潜んでいた。パリの上流階級は、シャネルの店で高価な服飾品を買いながらも、シャネルがどんなに富裕になろうと「孤児から愛人の援助をきっかけに成り上がった」女を仲間に入れようとしなかったのである。

そんな複雑な人生の成果としてのイノベーションが、20世紀の女性の現実に応え、21世紀に入ってなお輝きを失っていない。

バッグにショルダーチェーンをつけたのは両手を自由に使うため。キルティングはキズや汚れを目立たせないようにするための配慮。ベージュと黒のツートンの靴は、ベージュによって足を長くセクシーに見せながらも、汚れやすいつま先を黒にしたトリック。シャネルスーツの上着の裾に仕込まれた鎖は、手を上げても縦のラインを滑らかに保つため。リトル・ブラック・ドレス(装飾を最小限にした黒いシンプルなドレス)は、「黒は喪服の色」という当時の通念を転覆する革命モードであると同時に、アクセサリーをつけ替えれば着替えに戻る時間を省いて昼も夜も着続けることができる、という利便性追求の賜物。本物と偽物をミックスするコスチュームジュエリーは、アクセサリーの可能性を広げると同時に、本物至上主義をふりかざす上流階級の価値観を時代遅れにした。

サー・ウィンストン・チャーチルとシャネル(本書26ページ)


自由意思を持って働き、自立し、自分自身の尊厳が保たれる価値観を反映したファッションアイテムは、人生を能動的に生きたいと願う女性の定番となった。おびただしい量のコピー製品が市場に出回ることになったが、シャネル自身は、「模倣されるのは本物である証」として動じなかった。

自由に生きたシャネルが手に入れたもの

女性の経済的自立などほとんどあり得なかった時代に、孤児だったシャネルは、起業し、世界的な成功を収めた。華麗な恋愛遍歴や社交生活の陰には、別れの苦悩や裏切りによる絶望もあった。自立にともなう孤独感も痛いほど味わったが、それでもシャネルは、自分の人生を自分の望むままに生き、望む男を恋人に選び、着たいと思う服をデザインする、という主体的な生き方を選び、それを貫いた。

波乱万丈の生涯は、それが幸福だったかどうかという俗的な基準すら無意味にしてしまう。人生をまるごと仕事として、あるいは仕事をまるごと人生として生きたその姿勢は、「ワークライフバランス」という議論すら軽く吹き飛ばしてしまう。

シャネルが生きた時代よりも女性ははるかに自由な選択を許されるようになったが、ありすぎる選択肢を前に女性はかえって萎縮し、遠慮あるいは混乱しているように見えることもある。

適度に割り切って仕事をこなし、私生活もほどほどに充実させてのんびりと暮らす、という「幸せ」を目指すことも当然、大切であろう。ただ、仕事もプライベートも融合して、すべてを仕事に還元する覚悟で臨んだ人生の暁には、予期せぬブレイクスルーや、本物のイノベーションが待っていることをシャネルは示唆するのである。

エルザ・スキャパレリ
Elsa Schiaparelli(1890〜1973)

「ショッキングピンク」を発明したアーティストデザイナー

シャネルと同時代に活躍し、一時はシャネルよりも高く評価された時代の寵児であったがゆえに、シャネルが猛烈に嫉妬したのが、7歳年下のエルザ・スキャパレリである。

シャネルが修道院育ちでお針子から成り上がったビジネスウーマンであるとすれば、スキャパレリはローマの裕福な家庭に育ち、芸術家とも協力して作品を創ったアーティスト。シャネルがモノトーンならば、スキャパレリはショッキングピンク。シャネルが活動しやすく、装飾をそぎ落としたデザインを極めたとすれば、スキャパレリはシュールレアルで前衛的なアート感覚で突き抜けた。

生い立ち、ファッションに対するアプローチ、ひいては作るものも、まったく対照的であった。だが、二人とも女性を自由にした革命家であった。シャネルは女性の身体を、スキャパレリは女性の感性を、それぞれ解放したといえる。

シュールな発想から生まれた「ジッパードレス」

1929年のウォール街大暴落をきっかけに、1930年代は不況期に入る。不況に入ると人々は守りに入る一方、心のどこかでは逃避主義的な傾向が生まれるのだろうか。「ここではないどこか」に向かいたいという願望が、この時代に隆盛したシュールレアリスム(超現実主義)のアートに通底しているように感じられる。

芸術界において当時のシュールレアリスムを代表するのは、イタリアのサルバドール・ダリだが、そのダリとも交流のあったスキャパレリは、ダリとの協働でシュールレアルな作品を作る。ポケットが引き出しのようになった「デスクスーツ」や、靴を頭に載せたように見える「シューハット」は、それを着用する女性をアート作品のように見せる。

シュールな発想が実用として定着した例もある。1936年の「ジッパードレス」(ファスナードレス)である。当時、工業用品であったファスナーを服にあしらうのはかなりショッキングなことであり、このドレスは驚きをもって語られたのだが、結果として現在、洋服には不可欠な実用品として何の違和感もなく定着しているのは皮肉なことである。

スキャパレリの目指した「感性」の解放

また、香水「ショッキング」(1936年)が当時の社会に与えた衝撃も大きかった。女優メイ・ウエストのボディをかたどったシルエットもさることながら、目の覚めるようなピンクという色がボトル※に使われていた。「ショッキングピンク」の誕生である。
(※このボトルの形は、のちにジャン=ポール・ゴルチエが模倣している)

1936年のメイ・ウエスト(本書31ページ)


「あり得ない」ものが与えるショックによって驚きや笑いを引き起こし、心を、ひいては人生を、活気あるカラフルなものへと生まれ変わらせる。

こうした、いわば感性の解放がスキャパレリの目指すファッションだったのだ。実用・機能に徹して女性の身体を解放したシャネルとは目指した方向が違う。

常識を飛び越えて常にセンセーショナルな話題を振りまき、大胆不敵に個性を発揮した時代の寵児スキャパレリは、シャネルのように後継者に恵まれなかったために時とともに影が薄くなっている。しかし、ショッキングピンクとファスナーの発明者としてばかりでなく、ファッションとアートを自由奔放に結びつけた先駆者としても、スキャパレリの功績はもっと高く評価されていい。


中野 香織(なかの かおり)

服飾史家/株式会社Kaori Nakano 代表取締役/昭和女子大学客員教授。ファッション史やモード事情に関する研究・執筆・講演を行うほか企業のアドバイザーを務める。1994年、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得満期退学。英国ケンブリッジ大学客員研究員・東京大学教養学部非常勤講師・明治大学国際日本学部特任教授を務めた。
著書に『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)、『紳士の名品50』(小学館)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮社)、『モードとエロスと資本』(集英社)などがある。

書籍引用:「イノベーター」で読む アパレル全史』著者:中野香織 価格:¥1,980(税込)
記事提供:日本実業出版社

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